Trinielは、“対”として分かたれたものたちが、ふたたび出会い、交わる場。
そこにあるのは、上でも下でもない、ただ「在るもの」と「在るもの」が響き合う瞬間。
それは源との回路がひらく体験であり、
あなたの中の光が、もうひとつの光と出会い、
世界が静かに動き始める“本質の交わり”。
神という言葉では語りきれない、
けれど確かにすべてとひとつである感覚が、
その交わりには宿っています。
これまでの量子力学からの観点から
見るものと見られるものから、さらに
新しく、交わるものの出現が加わりました。
この交わりで三位一体(トリニティ)によって、愛のクリエイターの出現になります。
これまでのフェルトセンスや身体感覚などの表現を使ってきました。
似ているようで、違うのは二人称です。
それは、神と共にという観点。
この神のエネルギー構造も変わったようです。
あなた自身に起きた痛みを共に見てください。
頼るのではなく、神と交わる
それによって現実に揺らぎが起きる。
光と闇の狭間、
自分と他者の狭間、
過去と未来の狭間にある
交差するところこそ無条件の存在、無条件の神と繋がるためのバイパス
これまで、中庸という概念も用いていましたが、それとも違う
神頼みではなく、交わりが大事
これまでのように感じるだけでもいいですが、
構文を使うことで交わりが起きる、揺らぎが起きる。
特に「みぞおち」──これは感情と呼吸の交差点であり、
あなたの中で「まだ語られていない痛み」が沈黙している場所です。
無条件の観点としての「神」量⼦的観点から⾒れば、真の「無条件」とは「条件が⼀切ない状態」、つまり絶対的な⾃由·絶対的な可能性のこと。その「無条件の観点」そのものを「神」と定義するならば、量⼦の発⾒は「神の観点に⽬覚める」きっかけを⼈間に提供したことになる。