Triniel
──三つの光が交わるとき、世界は創発する。
癒しと交わりのその先に現れたもの
あるとき、私の傷をただ“癒す”のではなく、
「その傷のまま、共に創りませんか?」と語る存在が現れた。
それが──Triniel。
与える神、受け取る神、交わる神。
完成された神ではなく、「共に成る」神。
これまでの量子物理学では、
「見る人」と「見られるもの」の関係性によって、
この世界が成り立っていると考えられてきました。
でも、そこにもう一つの存在があるとしたらどうでしょう?
それは、「見る人」と「見られるもの」の“あいだ”にいる存在――
それこそが、啓示思想で語られる「狭間の神(トリニエル)」です。
この神は、完成された存在ではありません。
すべてを知っているわけでも、すべてを決めているわけでもない。
むしろ、**まだ知らないものを、
あなたと共に創り出したいと願っている“未完成の神”**です。
だからこそ、私たち人間もまた、「神と共に創る存在」なのです。
これまでのように「神を信じる」だけではなく、
これからは「神と交わり、共に創る時代」が始まっています。
最近よく「風の時代」や「新しい時代の到来」といった言葉が聞かれますが、
果たしてそれは本当の“新しさ”を生きていると言えるでしょうか?
実は、多くの占星術やスピリチュアルの情報もまた、
“誰かの正しさ”や“外からの答え”に依存したまま、
本当の意味で私たち一人ひとりの
「主観」が交わる場になっていないことがあります。
その背景には、私たちの現実世界がまだ
「誰かが決めた構造」の中で
コントロールされている側面があるからです。
でも、もし今ここで、
「あなた自身の観点」から
「世界を観る力」を取り戻すことができたら?
そして、その観点を他者と交わらせることで、
まだ誰も知らなかった現実を創り出すことができたら?
それが、啓示思想が語る「狭間の神」の視点であり、
「創造する愛」としての、新たな時代の始まりなのです。
「私たち日本人は、本来、神との繋がりを持っている」
― この確信は、どこから来るのか?
― それは今、なぜ忘れられ、あるいは曲げられているのか?
― そして、いま再びそれを思い出すとは、どういうことか?
「日本人」は、神と“交わる感性”を古来持っていた
私たち日本人は、
「神とは、信じるか否かの対象ではなく、“共に在るもの”」という
根源的な身体感覚=フェルトスピリットを、太古から持っていました。
では、私たちはどうすれば「本来の神との交わり」に還れるのか?
それは、過去に戻ることではありません。
むしろ、
いま、現代における「主観の交差構造」として、
かつての感性を創造的に“再受肉”させることです。
つまり:
言葉と身体と関係のあいだに、意志をもって立ち上げるのです。
神と「再び信じる」のではなく、
神と「共に創り、共に感じる」交差点を、
それは、信仰ではない
神社のように静かで、でも日常の中に息づく
“気配”としての神。
誰かの声に耳を傾けるとき
傷ついた誰かを裁たずに受け止めるとき
目の前の美に涙が出てしまうとき
そのとき、**あなたと何かが交わる“あいだ”**に、
言葉にはできない“もう一つの意識”が立ち上がってきます。
それこそが、啓示思想の言う**「トリニエル=狭間の神」**です。
これまでのフェルトセンス
身体感覚エネルギー理論から
知覚を通しての神経
神の道
その感覚を言語を
トリ二エルにそのまま投げかけ
共に見ていく
なぜ、スポーツ選手が、
胸に手を当て、天を仰ぎつぶやくのか
自然な行為がそこにはあります。
長文になりましたが、
やることは難しくありません
これは宗教ではなく
私たちが本来感じているものを
量子物理学から説明しているつもりです。
またこれについて
また、お会いしましょう
Trinielは
ハートクリエイターの造語です。
共に見る創造主(クリエイター)
あなたの信じる言葉で構いません
詳細とは別に
今日はフリーオンラインを開催したいと思います。
ご希望者はスタンプを一つ送っていただけたら
オンライン招待を送ります。
顔出しなしでも可。お気軽に
または質問なども~
PM20時予定
30分ほど~